終活51:めざせ!ピンコロ人生

魔法のランプの精に何を望むかと聞かれたら、あなたは何をお願いしますか?

今の私は「ピンピンコロリの人生」をお願いします。

私は3人目の高齢者介護を経験中です。

 

漠然と自分だけはまだまだ大丈夫って思っていました。しかし、60歳にさしかかる頃からスコーンと約束を忘れたり、思い込みによるミスが目立つようになり「確認」作業が欠かせなくなりました。

 

あぁこの感覚、覚えあるあるです。

 

「何度も何度も同じこと聞かないで!」「さっき言ったばかりじゃない」

「も〜、だから、変更になったんだって!」

「ここに自分で書いたでしょ!見なさいよ!」

 

一度インプットするとなかなか変更ができない。

自分の記憶に自信がなくなって何度も確認する。

 

自分の中でこの状況が始まっていることを感じています。

月齢を重ねる子どもの昨日できなかったことが今日できるようになっているというヒトの成長のすばらしさを見つつ、ある年代を越えると昨日できたことが今日できなくなっているという現状を目の当たりにすることになるのです。

 

不老不死は古今東西最重要トピックです。

若い頃は?でしたが、この年になると理解できます。不老不死はともかくとして、なんとかピンコロで人生終われないものかと考えます。

 

祖母は104歳で大往生。才色兼備な明治生まれの大和なでしこでした。しかし、87歳で大腸がんによる腹膜炎で手術をしてからはあれよあれよと言う間に認知症が進みました。

父のときは体格がよくて丈夫だったため誰も制しする事ができない徘徊等で各施設からお断りされました。さらにまだらボケも厄介いで、一見するとしっかりしているので周囲もとまどいます。銀行や取引先に出向いて家に帰れなくなったり、真っ当そうな事をとうとうと何時間も弁じたり、親戚に電話をかけて不安からくる妄想を語り、親戚から親に心配かけるなと私が諭されたり。

おしめは自分ではずすし、トイレで排泄ができなくなり部屋中に新聞紙を敷きつめて対処したりと下の世話だけでも疲労困憊でした。

誤嚥性肺炎で動けなくなった時は申し訳ないけど正直ホッとしました。医師から回復の見込みが低い事を告げられたにも関わらず復活したときは、良かったと思う反面、まだ続くのかと思うと両肩にずっしり重圧を感じました。

 

祖母も父も母も高齢になって自分が子どものお荷物になるなんてことなど望んでいません。長生きしたいと特に願っていたわけでもないと思います。自然な命の営みによるのだと思います。

 

ただ、一方で自然に任せてそれで良いのか?

という疑問が私の中にふつふつと湧き上がります。

自分でコントロールできるところはないのだろうか?

ピンピンコロリは幻想なのか?

 

これらの問いに自分なりに答えていきたい。

それが私の最近の大きなテーマです。

 

老いに贖ったり、老化と戦うのではなく、老いを味方につけて老いを楽しむことができたらピンコロも現実のものとなるのではないかと考え始めています。

 

これから、このブログにアイディアと実践記録を投稿してみなさんと共有していきたいと思います。

 

老いを味方にするアイディアを絶賛募集中!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です